Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(11) - 一般条項(準拠法条項(2))
2021/10/19   契約法務, 海外法務

 

この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第11回では、前回に引き続き、準拠法条項(governing law clause/choice of law clause)について解説します[1]

 

Q1: 準拠法について、当社は日本法を、相手方は自国法を主張し、交渉がデッドロックになってしまいました。どうしたらいいでしょうか?


A1: 以下のようなことを検討する必要があります。

(a) 本当に日本法にこだわるべきか?

例えば、次のような場合は、むしろ、企業として相手国法の適用を受けこれに従うという覚悟をすべきか、あるいは、相手国法に従った方が有利とも考えられます。

(i)   相手国で本格的にビジネスを行っている、または、今後本格的に展開しようとしている。

(ii)  相手国に子会社がある。

(iii) 相手国も先進国であり日本と同等以上に法制度が整備されている。

(iv) 自社が権利者側(例:特許ライセンサー)で相手国法の方が一般的に権利者に有利である(例:米国)。

また、上記(i), (ii)のような場合、交渉中の契約について仮に日本法を準拠法とすることができたとしても、相手国における自社のビジネス全体として見れば相手国法の適用を免れることは困難なことが多いと思われます。そうだとすれば、その契約だけ日本法を準拠法とすることにこだわる意味があるかどうかを検討する必要があります。

(b) 契約が十分詳細かつ明確である場合

相手国も契約自由の原則(前回A3の解説参照)をとっているのであれば、将来両当事者間で紛争が生じる可能性がある事項に関し可能な限り解釈の余地が生じない程詳細かつ明確に規定すれば、予測困難性(前回A6参照)の大半を解消することができます。従って、契約案がそういうものになっていれば、準拠法にこだわる必要がありません。

(c) 準拠法については譲り紛争解決について実をとることを検討する。

上記(b)の場合、準拠法にこだわる必要がありません。

一方、将来両当事者間で紛争が生じた場合に、裁判または仲裁のいずれで解決するかや、裁判または仲裁を行う場所をどうするかは、一般に、準拠法の問題よりも当事者にとり直接的な影響(有利不利)を及ぼします。従って、準拠法と紛争解決の両方が交渉事項になっているのであれば、準拠法については譲り、代わりに、紛争解決条項については実をとる(自社にとり有利なまたは納得できる内容とする)ことは当然検討すべきです。

 

Q2: 両当事者間で互いに自国法を準拠法として主張し交渉がまとまりません。この場合、準拠法をあえて指定しない(準拠法条項を置かない)ことや、妥協案としてどちらにも関係ない第三国の法(例:シンガポール法)を準拠法として指定することは問題ないですか?


A2: 準拠法をあえて指定しないことは法的に可能ですが、その場合は、予測性困難性の問題があります。

一方、第三国法を準拠法として指定することの有効性は個別の検討が必要です。

【解 説】

・ このようなことは、両当事者がともに自国法に強くこだわる場合や、A1で述べたことを検討した上で、それでもなお、相手国が後進国等でその法制度を信頼できない等の場合、一つの案として検討されることがあると思います。

・ 先ず第1の点、準拠法の指定をしないことは可能です。どの国でも準拠法の指定合意が強制されているわけではないからです。この場合は、前述(前回A6)した予測性困難性の問題があります。但し、紛争解決条項の有無により予測困難性の程度には差があり(注[2]参照)、また、前述(A1)の通り契約を詳細かつ明確なものとすることにより問題を減らすことができます。

・ 次に第2の点、第三国法を準拠法に指定することの有効性は、将来当事者間で紛争になった場合に管轄裁判所等により管轄国の抵触法または仲裁法に従い判断されます。従って、管轄国や個別の状況によって、有効と認められる場合もあると思われますが、無効とされる可能性もあるので、個別に判断する必要があります[3]

 

Q3: 両当事者間で互いに自国法を準拠法として主張し交渉がまとまりません。妥協案として、一方が相手方を提訴等する場合は相手国法を準拠法とする条項を考えていますが、これは問題ないですか?


A3:このような条項(いわゆる「クロス式準拠法条項」)は交渉決裂を避けるため実際に定められることがあるようですが、有効性については必ずしも明確ではありません[4]

 

Q4:例えば、合弁契約で原則としてはニューヨーク州法、但し、合弁会社の運営に関しては合弁会社のある日本法、あるいは、ライセンス対象の特許権の効力についてはその特許権の登録国というように、同じ契約で別々の準拠法を指定することはできますか?


A4:これも管轄国の法によります。但し、少なくとも日本およびEUでは一定条件のもとで有効とされています[5]

(参考条項例)

This Agreement shall be governed by and construed in accordance with the laws of the State of New York, the United States of America, in all respects, without reference to principles of conflicts of laws, provided that the laws of XXXX shall govern as to matters involving the governance of the New Joint Venture Company. The application of the United Nations Convention of Contracts for the International Sale of Goods is expressly excluded.


本契約は、全ての点に関し、抵触法の原則にかかわりなく、米国ニューヨーク州法を準拠法とし、かつ、同法に従い解釈されるものとする。但し、「新合弁会社」の管理に関する事項についてはXXXX [新合弁会社の設立国または州]の法を準拠法とする。「国際物品売買契約」に関する国連条約の適用は明示的に排除される。


 

This Agreement shall be governed by and construed in accordance with the laws of the State of New York, the United States of America, in all respects, without reference to principles of conflicts of laws, except that questions affecting the construction and effect of any patent shall be determined by the laws of the country in which the patent has been granted. The application of the United Nations Convention of Contracts for the International Sale of Goods is expressly excluded.


本契約は、全ての点に関し、抵触法の原則にかかわりなく、米国ニューヨーク州法を準拠法とし、かつ、同法に従い解釈されるものとする。但し、特許の解釈および効力に関する問題についてはその特許が与えられた国の法により決定されるものとする。「国際物品売買契約」に関する国連条約の適用は明示的に排除される。


 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第11回はここまでです。次回は紛争解決条項について解説します。

                 .                  

【注

[1] 【第10回および第11回全体を通じての参考資料】 主に以下を参照した。

(a) 浜辺 陽一郎 「ロースクール実務家教授による英文国際取引契約書の書き方―世界に通用する契約書の分析と検討 第1巻(第3版」アイエルエス出版、2012年 第8章 p158~197

(b) 小池未来「いわゆるボイラープレート(“BP”)条項の研究⑤~準拠法条項・裁判管轄条項」国際商事法務(2019年8号)Vol.47, No.8, p991~999

(c) 山本 孝夫「英文ビジネス契約書大辞典 〈増補改訂版〉」2014年 日本経済新聞出版社 p142~154

 

[2] 【準拠法を指定しない場合の予測困難性】 

(1) 紛争解決の合意がある場合

準拠法の合意がない場合でも、当事者間の紛争解決については契約上合意がなされていることがある。

この場合は、準拠法は、合意された裁判地または仲裁地のある国の抵触法または仲裁法により判断される。従って、この場合は、その国の抵触法または仲裁法を調べることによりどの国の法が準拠法とされるかをある程度予測することができる。

例えば、東京地裁を専属管轄裁判所とする合意がなされた場合は、日本の通則法を調べると、契約に「最も密接な関係がある地」(売主の所在地、目的不動産所在地等)の法が準拠法とされている(8)。また、仲裁地を日本とする仲裁が合意されている場合は、日本の仲裁法を調べると、仲裁廷(仲裁判断を行う1人の仲裁人または複数の仲裁人の合議体)は「紛争に最も密接な関係がある国」の法を適用して判断することが義務付けられている(すなわちその国の法が準拠法)(36(2))ことが分かる。

(2) 紛争解決の合意もない場合

この場合は、将来どちらかの当事者が提訴した場合、提訴先裁判所が先ず提訴先国と提訴先裁判所に管轄権があるかどうかを判断する。そして、最終的に管轄権があるとされた裁判所が、その訴訟に関し審理判断するため、自国の抵触法に照らし、準拠法を判断することになる。従って、この場合の予測困難性は大であると言える。

 

[3] 【第三国法の準拠法指定の有効性】 但し、一般的には次のように言えると思われる。

(a) 管轄国の抵触法または仲裁法(以下「抵触法等」という)において当事者の準拠法指定が広く認められていると解される場合は有効とされる可能性が高い。

(b) 抵触法等で当事者の準拠法合意がない場合に準拠法とされ得る第三国法を指定している場合も当然有効とされる可能性が高い。

(c) 取引と全く関係がない第三国法は、抵触法等によっては否定される場合がある。

・ 日本法の立場はあまり明らかではないとされる(注1「浜辺」p171)。

ニューヨーク州法(NY UCC § 1-105 (2012))では、ある国または州の法を準拠法とする当事者の合意は、対象の取引がその国等と「合理的な関係」(reasonable relation)がある場合に有効とされている。従って、この合理的関係がない第三国法の準拠法指定の有効性は否定される可能性が高いと思われる。

 

[4] 【クロス式準拠法条項】 英国について、注1「浜辺」(p178)では「英国法上はこうした取り決め[クロス式準拠法条項]は有効と扱われないとする裁判例があるという」と記載されている。

一方、日本については、「浜辺」(p180)で、日本法において仲裁のクロス式準拠法条項を有効としたと思われる次の最高裁判決が言及されている。(最高裁判決(平成9年9月4日平成6(オ)1848)の要旨) 一方が相手方に対し仲裁を申し立てる場合は相手方国の都市(NYまたは東京)で仲裁する [いわゆる被告地主義の仲裁] との合意をした場合、その仲裁合意の成立および効力についても相手方の国または州の法(NY州法または日本法)を準拠法とする旨の黙示の合意をしたと見るのが合理的である。

 

[5] 【準拠法の分割指定】

(1) 日本の場合

通則法に明文の規定はない。但し、注1「浜辺」p171では以下の判例が挙げられている。

(a) 東京地裁判決平成14年2月26日(英文保険証券における分割指定):原則日本法。一部事項につき英国法。有効性肯定

(b) 東京地裁判決平成13年5月28日(船荷証券裏面約款における分割指定):原則日本法。但し運送人は別の準拠法を一方的に指定することもでき、その場合はその指定された準拠法。有効性否定

(2) EUの場合

以下の、EUのローマI規則の第3条第1項は分割指定を認めたものと解されている。(参照)中村英雄「国際商取引契約における準拠法の分割指定」 p1

"A contract shall be governed by the law chosen by the parties. The choice shall be made expressly or clearly demonstrated by the terms of the contract or the circumstances of the case. By their choice the parties can select the law applicable to the whole or to part only of the contract."

(著者訳)「契約の準拠法は、当事者が選択した法律とする。この選択は、契約条項または個別事情から明示的または明確に証明されるものでなければならない。当事者は、その選択により、契約の全体またはその一部のみに適用される法を選択できるものとする。」

・ 上記の日本の判例およびEUのローマI規則から判断すれば、一般的には、次のような条件を全て満たす分割指定は有効とされる可能性が高いと思われる。

(a) どちらの準拠法指定も、それぞれが適用される条項等との関係で、管轄国の抵触法等により認められる範囲のものであること

(b) 上記の条項等が相互に分離可能で独立した内容のものであること

(c) その他どの条項等にどちらの準拠法が適用されるのか明確かつ客観的に指定されていること

(d) 分割指定により法律関係を過度に複雑にならないこと

(e) 分割指定により当事者の一方の立場が不当に不利または不安定にならないこと

(f) その他管轄国の公序に反しないこと(参照:通則法42条)

・ 特に、A4で例文を示した会社の管理や特許権(その他物権、不動産等)等、各国法で内容が法定または規制されている事項についてその会社所在国、権利付与国、登記登録国等の第三国の法を準拠法として分割指定することは当然有効とされると思われる。

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】
浅井 敏雄 (あさい としお)
企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員。


【発表論文・書籍一覧】
https://www.theunilaw2.com/


 

 

 

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