名古屋地裁が小学校の調理員の懲戒免職を取消し、行政裁量とは
2024/08/28 労務法務, 訴訟対応, 労働法全般

はじめに
名古屋市の小学校で調理場からパンと油揚げを持ち帰ろうとした調理員の女性の懲戒免職について、名古屋地裁は7月22日、処分を取り消す判決を出していたことがわかりました。裁量権の範囲を逸脱したものとのことです。今回は行政裁量について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、2022年2月、名古屋市の小学校の調理場にある専用冷蔵庫にあった食材がなくなり、元調理員が食材を取ったと申告し、名古屋市教育委員会は同年5月に懲戒免職としたとされます。取ったとされる食材はパン2個と油揚げ2袋で、食中毒が発生した際に検査するため冷凍保存されていたもので、近く廃棄されるものだったとのことです。元調理員は市に免職などの処分取り消しを求め名古屋地裁に提訴しておりました。
行政裁量とは
行政裁量とは、法律が当該法律を適用する際に行政機関に与える判断の余地を言います。どのような場合に、どのような処分をするかについて、行政機関に一定の自由を認めているとも言えます。これに対して、逆に裁量の余地がなく、行政活動の内容が法令で一義的に定められている行政行為を羈束行為と言います。行政活動は法律による行政の原則があり、行政機関の活動はすべて法律で一義的に定められることが望ましいとも言えますが、それでは硬直的で柔軟な対応ができなくなります。そこで行政機関には一定の裁量が認められております。裁量行為は一般に要件裁量と効果裁量に分けられ、行政行為を行うための要件が満たされているかの認定の段階を要件裁量、要件が満たされているとして、どのような処分を行うかの段階を効果裁量と言います。またどの程度の裁量が認められるかに関して、純粋に行政権に判断を委ねられている場合を自由裁量、まったくの自由裁量ではなく法律が予定している基準の範囲での裁量を覊束裁量と言います。
行政裁量と司法統制
このような行政裁量が認められる行政行為に関しては、従来は覊束裁量行為には裁判所の司法審査が及び、原則として自由裁量行為には及ばないと考えられてきました。しかし現在では行政行為の性質に応じて実質的に裁量の範囲を検討していくべきとされます。そのため従来は自由裁量と区分されていた行政行為でも行政機関の裁量権の逸脱または濫用がある場合には司法審査が及ぶと考えられております。しかし逆から見れば、行政機関の裁量の範囲が広いと考えられる場合には裁量権の逸脱または濫用がある場合でなければ裁判所によって取り消されないとも言えます。裁量権の逸脱とは、行政機関に与えられた権限を超える場合を言い、裁量権の濫用とは、与えられた権限の範囲は超えていないものの、権限行使の妥当性に欠ける場合を言うとされております。
裁量権の逸脱・濫用
それではどのような場合に裁量権の逸脱または濫用が認められるのでしょうか。裁量権の逸脱・濫用が問題となる場面としては、(1)重大な事実誤認、(2)目的違反・動機違反、(3)平等原則違反、(4)比例原則違反が挙げられます。行政処分の要件となる事実の認定などで重大な誤認があれば、それに基づいた処分は裁量権の逸脱・濫用になり得ます。また行政処分の根拠となる法令が定める目的以外の目的のために行われた場合や、不正な動機をもって行われた場合も同様です。不正な動機でなされた例として、個室付浴場の開設を阻止するために付近に児童遊園を設置するための設置認可処分があります(最判昭和53年5月26日)。これも行政権の著しい濫用とされました。また同様の事例に対する処分でも、不当に差別的な処分も逸脱・濫用となります。そして比例原則とは、ある目的を達成するための行政処分は、より規制の程度が軽い手段で達成できるなら、軽い処分によるべきという原則です。目的と手段の均衡が求められているということです。たとえば軽微な規律違反に対して懲戒免職処分をするといった場合が挙げられます。
コメント
本件で廃棄予定となっていたパン2個と油揚げを調理場の冷凍庫から持ち帰った小学校の調理員の女性は市教育委員会から懲戒免職処分とされておりました。これに対し名古屋地裁は、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱したものとして処分を取り消しました。廃棄予定の食材を持ち帰った行為による市の経済的損失などに比して、個人の生活の基礎を剥奪する処分は均衡がとれず、比例原則に反すると判断されたのではないかと考えられます。以上のように行政機関による行政行為は裁量が認められる場合でも、逸脱・濫用がある場合には違法となり取り消される場合があると言えます。行政機関による処分が不当な場合や、同様の事例と比較して不当に重すぎる、または明らかに法の目的と異なる目的や動機で行われたと思われる場合には、これらの踏まえて対応を検討していくことが重要と言えるでしょう。
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