JR認知症事故訴訟に見る親族の責任
2016/03/15   訴訟対応, 民法・商法, 民事訴訟法, その他

はじめに

 認知症の男性が線路内に侵入し列車にはねられ死亡した事故に関連して、JR東海が家族に対し損害賠償請求していた訴訟で、3月1日最高裁は家族に賠償を命じていた高裁判決を破棄しJR東海側が敗訴しました。近年、親の介護の負担を背負うビジネスパーソンは増加の一途を辿っており、法務担当者にとっても他人事ではない事件です。今回は、この認知症患者の事故と親族の責任について見ていきたいと思います。

事件の概要

 2007年12月、要介護4と認定されていたアルツハイマー型認知症の91歳の男性が施錠されていなかったフェンスからJRの駅構内に入り、線路内に下りたところを走行してきた列車にはねられ死亡しました。これにより東海道本線の上下列車20本に約2時間の遅延が発生し、代替輸送等に要した費用約720万円を男性の妻と子4人に求めていました。一審は男性の長男に監督義務を認め、妻に対しても徘徊等をしないようにする注意義務があり、目を離した過失があるとして全額の賠償を命じました。二審は長男の責任を否定し妻に注意義務違反を認め約半額の360万円の賠償を命じていました。

親族の賠償責任

 認知症患者が事故に遭遇した場合、その親族には民法714条に基づく賠償責任と、709条に基づく賠償責任を負うことがあります。
(1)714条による責任
 民法714条によりますと、不法行為者に責任能力が無くとも、法律上その者を監督する責任を負っている者は、損害を賠償する義務があるとしています。①権利侵害②故意・過失③損害の発生とその額④因果関係⑤監督義務の存在、を原告が立証することにより親族に対して賠償請求することができます。原告としては監督義務の存在を立証すればよく、さらに監督義務を違反したことまで立証する必要はありません。義務を違反していなかった点は被告側が立証することになります。

(2)709条による責任
 不法行為者に責任能力が認められた場合は、賠償責任は本来その本人が負うことになります。しかし監督義務者に過失、すなわち注意義務違反等があり、損害と因果関係が認められた場合には709条による責任を負うことがあります。この場合は714条の場合と違い原告が注意義務違反とそれとの因果関係を立証する必要があります。

最高裁判旨

 最高裁は監督義務者に当たるかについて、介護する家族の健康状態、親族関係の濃密さ、同居しているか等の介護の実態を総合的に考慮して判断すべきとし、妻については同居の配偶者というだけでは監督義務者に当たらないと判断しました。

コメント

 本件での争点は死亡した男性の妻と子に監督義務が認められるかという点でした。一審では同居はしていなかったが、介護方針を主導的に決定していたとして長男に監督義務を認めました。同居に妻に対しても男性の動静を注視し徘徊しないよう注意する監督義務を認めていました。一方二審では同居していない長男は男性の介護方針に関与していたとしても、介護を引き受けていたということは出来ず監督義務は否定しました。しかし妻に対しては、以前にも男性は同様の徘徊を繰り返したこと、自宅の徘徊防止センサーをうるさいことを理由に切っていたこと、当日まどろんで放置したことを理由に監督義務とその違反を認めていました。これに対しては妻自身も85歳という高齢に加え要介護1に認定される障害者であること、妻は昼夜の介護疲れから数分間まどろんでしまったに過ぎないこと等を理由に監督義務違反を認定すること酷であると批判がなされていました。それに対し最高裁は、両者について監督義務を否定しました。本判決で認知症患者の親族に賠償責任があるかについて、明確とまでは言わなくとも、一定の指針は示されたと言えるのではないでしょうか。高齢化が進む今日、高齢の認知症患者とのトラブルは益々増えていくことが予想されます。過酷な介護家庭の実態、被害者の救済、これらを考慮したうえでの公的な支援体制の構築が必要と言えるのではないでしょうか。

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