上場企業で年間1万人超のハイペース/早期退職者優遇制度、運用上の注意点
2024/05/07   労務法務, 労働法全般

はじめに


東京商工リサーチは、国内上場企業において、「早期・希望退職者」の募集人数が年間1万人を超えるペースで推移しているとの調査結果を発表しました。4月23日時点での募集人数は3,724人で、これは、2023年同時期の3倍に相当する数とのことです。

上場企業各社の賃上げが次々と発表される裏側での、早期・希望退職者の募集人数急増。固定費の削減により、経済環境の急激な変化に備える意図が見え隠れします。

その一方で、早期退職者優遇制度をめぐっては、過去に労使間でトラブルとなった例も少なくなく、その運用には細心の注意が必要となります。

 

上場企業だけで年間1万人以上が早期退職?


民間調査会社、東京商工リサーチの調査によりますと、国内上場企業の早期・希望退職者の募集人数は、2024年1月から4月23日までで3724人。既に昨年1年間の募集人数3161人を上回っており、年間で1万人を超えるペースとなっているとのことです。

業種の内訳としては、情報通信4社、電気機器4社、サービス3社、食料品2社、アパレル関連2社となっており、特に、「情報通信」と「サービス」では、新型コロナウイルスの感染拡大以降、一時的に拡大した需要により生じた余剰人員を削減する動きがあるとみられています。
また、「電気機器」については、すでに昨年の実施社数(年間5社)に迫る勢いとなっています。

 

資生堂を含む3社が対象人数増を牽引


早期・希望退職者の募集を行っている国内上場企業は21社で、そのうち1,000人以上の募集を行っているのが2社、500人以上~999人が1社と、3社で対象人数の約8割を占めています。

1,000人以上の募集を行っている会社の一つが、化粧品大手の資生堂の子会社で、国内での事業展開を進める資生堂ジャパン株式会社です。

同社の退職者は1,500人を想定しており、対象は45歳以上かつ勤続20年以上の社員となっています。募集期間は、4月中旬から5月の連休明けまでで、9月30日が退職日となります。
また、退職時の年齢に応じた特別加算金を通常の退職金に加算するほか、希望者に対して再就職支援サービスを提供するとしています。

資生堂での大規模な早期退職の募集は、2005年に1000人規模で募集を行って以来とのこと。およそ20年ぶりの大規模早期退職者募集の背景には、国内事業の売上高の低下(コロナ禍以前と比べ、半分以下程度の水準)を受け、その収益性の向上が大きな課題となっていることが挙げられるといいます。

 

早期退職者優遇制度の運用上の注意点


早期退職者に対し、退職金の割り増しや有給休暇の買い上げ、退職日までの一定日数の勤務免除、再就職支援などの優遇措置を設けて自主的な退職を促す早期退職優遇制度。退職予定者の新たなキャリアへのスムーズな移行と組織の新陳代謝を実現する、労使双方にとって有益な制度ですが、トラブルも多く報告されており、運用には細心の注意を払う必要があります。

【主なトラブル事例】
・退職して欲しくない優秀人材の流出
・退職金額の認識の相違
・有給休暇の買取金額の認識の相違
・早期退職者からの情報流出

こうしたトラブルを予防するため、
(1)退職時期、対象労働者の年齢・職種・勤続年数などの綿密な条件設定
(2)会社承認規定(会社の承諾を早期退職の条件とする規定)の設置
(3)早期退職者規程への各種条件の明記と説明会・面談等を通じての丁寧な口頭説明
(4)早期退職者に競業避止義務や守秘義務を課す契約の締結

などの対応を行わなければなりません。

 

早期退職者規程の不備が原因で訴訟になった例も


過去には、早期退職者の募集に関連し、会社と社員間でトラブルが生じ、訴訟に発展した事例もあります。

■株式会社朝日広告社事件 (大阪高等裁判所平成11年4月27日判決)
朝日広告社は平成9年度の早期退職者募集につき、取締役会で以下のように決議しました。

(1)49歳と50歳の社員を対象に、増額退職金1000万円とする
(2)上記年齢を除く47歳から54歳の社員への優遇措置として、約800万円増額退職金を支払う

朝日広告社では、平成6年より毎年、取締役会で早期退職制度に関する決議を行っており、決議内容を『早期退職者優遇規程』として従業員に回覧していました。

しかし、平成9年度分の『早期退職者優遇規程』には、(1)の決議内容(49歳と50歳への増額退職金1000万円支払い)は明記されていた一方、(2)の決議内容についての具体的な記載はなく、その他の年齢の社員の退職時の処遇については、「本件規定を準用する場合がある」とのみ記載されていました。

当時、54歳だった社員Aは、『早期退職者優遇規程』の内容から、自身の増額退職金は1000万円だと考え、応募しましたが、実際に会社から支払われた増額退職金は800万円にとどまったといいます。そのため、社員Aは、自身が認識していた増額退職金1000万円との差額である200万円の支払いを求めて、会社を提訴しました。

大阪高等裁判所は、『早期退職者優遇規程』で、49歳・50歳以外の年齢の社員に関し「本件規定を準用する場合がある」と記載している箇所について、「49歳と50歳の社員に適用される増額退職金と同様になるケースがある」と解釈されると判断。
社員Aが『早期退職者優遇規程』の内容を前提に退職を申込み、会社がこれを承諾した以上、『早期退職者優遇規程』の内容と同一の退職合意が成立しているとして、社員Aの主張を認め、会社側に差額200万円の支払いを命じました。

 

コメント


東京商工リサーチは、今回の調査結果を、「近年の急激な経済環境の変化を受け、各社が事業セグメントの見直しや祖業からのピボットを迫られた結果」と分析しています。今後さらに、早期・希望退職者募集の動きは加速するのではとの声もあります。

変化の時代に対応するため、組織の新陳代謝を進めることは重要ですが、それが原因で労務リスクを抱えてしまうと、それが事業上のブレーキとなりえます。入念な制度設計と十分な周知、適切な運用が大切になります。

 

【関連リンク】
「早期・希望退職者」募集は年間1万人超ペース 空前の賃上げの裏側で加速する構造改革(株式会社東京商工リサーチ)
資生堂ジャパン「ミライシフト NIPPON 2025」(資生堂ジャパン株式会社)
 

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