アスクル火災で94億円の賠償命令、損害賠償と相殺について
2024/02/13   労務法務, コンプライアンス, 訴訟対応, 民法・商法

はじめに

 2017年にアスクルの物流倉庫で発生した火災をめぐり、段ボールを回収していた紙加工会社に対し損害の賠償を求めていた訴訟の控訴審で東京高裁は8日、約94億円の支払いを命じていたことがわかりました。火災保険金の相殺を否定したとのことです。今回は損害賠償と相殺について見ていきます。

 

事案の概要

 報道などによりますと、事務用品通販大手「アスクル」の埼玉県内にある物流倉庫で2017年に大規模な火災が発生しました。当時アスクルから段ボールなどの再生資源を購入していた紙加工会社「宮崎」の従業員が段ボールの回収作業の際、作業スペースを作るためにフォークリフトの前進・後退を繰り返し、エンジン部に段ボールが入って発火したのが原因とされます。一審東京地裁はフォークリフトの説明書に「排気管付近に燃えやすいものがあれば火災の恐れがある」と記載されていたことなどから宮崎の従業員は着火の可能性を予見できたと認定して約51億円の賠償を命じておりました。

 

民法上の損害賠償請求

 民法上、損害賠償の原因として規定されているのは債務不履行と不法行為です。民法415条によりますと、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行に不能があるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる」としております。これに対し709条では、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とされます。前者は契約関係にある当事者間で、一方がその債務を履行しない場合、または履行できなくなった場合などで発生するもので、後者は交通事故など契約関係のない当事者間でも成立する法律関係と言えます。いずれも過失等があることがその要件となっております。

 

過失相殺と損益相殺

 これらいずれの損害賠償請求に関しても過失相殺と損益相殺というものが存在します。民法418条では、「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその学を定める」としております。また722条2項でも「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」とされます。損害賠償制度は損害を当事者間の公平の観点から補填する制度であるため、同じように公平の見地から過失や損益を賠償額から控除するというものです。たとえば交通事故の際、被害者側にも信号を見落としていたなどの過失があればその過失割合に応じて減額されます。また同じく公平の観点から損害を受けた者がその損害発生と同一の原因によって利益を受けていた場合はやはりそれも控除されるべきと考えられております。これが損益相殺です。たとえば交通事故によって被害者が死亡した場合、損害と同時に生きていれば発生したであろう生活費分が免れます。それが一種の利益として控除されるということです。

 

保険金と損益相殺

 それでは被害者側、債権者側が保険金を受け取っていた場合、損害賠償額からその分が控除されるのでしょうか。この点判例は、「被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限る、公平の見地から」控除されるべきとしております(最判平成5年3月24日)。そして過去の事例では、労災保険や健康保険についてはいずれも損害の填補を目的としていることから損害と利益の同質性が認められ、控除の対象となるとされております。それに対し生命保険については、すでに払い込んだ保険料の対価としての性質を有し、本来不法行為とは関係なく支払われるべきものであることから損害賠償額から控除はされないとされております(最判昭和39年9月25日)。このように原則として損害を補填する意味合いがあるか無いか、損害と利益の間に同質性が認められるかがポイントと言えます。

 

コメント

 本件で一審東京地裁はアスクル側が受け取った火災保険金約49億円を損害賠償額から控除しましたが、東京高裁はこれを否定し、約94億円の支払いを命じました。なお過失割合は一審の2割から3割5分まで引き上げられております。判決の詳細は不明ですが、損害と火災保険金の同質性が認められなかったのではないかと考えられます。以上のように損害賠償請求には過失相殺や損益相殺など被害者側の事情による控除が認められます。またこれまでの裁判例でもどのような場合に控除が認められるのかはかなり微妙な判断を要しております。損害賠償をする場合、または他者から賠償請求がなされている場合、これらの相殺事由が無いかを同種の裁判例などを参考にしつつ慎重に検討していくことが重要と言えるでしょう。

 

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