大阪高裁が森永ヒ素ミルク事件での賠償請求を棄却、除斥期間とは
2026/02/02   訴訟対応, 民事訴訟法, 食料品メーカー

はじめに


森永ヒ素ミルク事件で脳性まひになった大阪市の女性(71)が製造元の森永乳業(東京)に5500万円の損害賠償を求めていた訴訟で29日、大阪高裁が原告の請求を棄却していたことがわかりました。
賠償請求期限が過ぎているとのことです。今回は民法の除斥期間について見直していきます。

 

事案の概要


1955年に森永乳業徳島工場が製造した缶入り粉ミルク「森永ドライミルク」の製造過程で用いられていた第二燐酸ソーダに多量のヒ素が含まれていたことから、これを飲んだ1万3000名もの乳児がヒ素中毒となったとされる、森永ヒ素ミルク中毒事件。

本件原告の女性(71)は同事件で脳性まひになったものの製造元の森永乳業から十分な補償を受けられていないとして、同社に対し5500万円の損害賠償を求め大阪地裁に提訴していました。

本件での主な争点は、不法行為から20年で賠償請求権が消滅する「除斥期間が適用されるのか」であったとされ、一審の大阪地裁は賠償請求ができる期限が過ぎているとして請求を棄却していました。

 

除斥期間とは


除斥期間とは、権利関係の速やかな確定のために権利行使について一定の期間が定められ、その期間経過後は権利行使ができなくなるという期間をいいます。

平成29年改正以前の民法724条では、「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする」と規定されていました。前半の3年については消滅時効であることが明らかですが、後半の20年については消滅時効なのか除斥期間なのかで争いがありました。

現在の民法724条は、
「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」
1、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき
2、不法行為の時から20年間行使しないとき

と定められており、いずれも除斥期間ではなく消滅時効であることが明文で明らかにされました。

 

消滅時効と除斥期間の違い


一定の期間経過によって権利行使ができなくなるという点で、消滅時効と除斥期間は同じと言えますが、両者には多くの相違点が存在します。

まず、除斥期間には消滅時効のように中断(完成猶予・更新)がないとされます。
消滅時効の場合は訴え提起などで権利行使をした場合、その時点で中断効がありますが、除斥期間の進行を止めることは原則できないということです。
同様に、停止も存在しません。

消滅時効は訴訟では当事者が援用しなければ裁判所はそれを基礎として判断することはできませんが、除斥期間は当事者の援用がなくてもそれを基礎とすることができるとされています。

消滅時効は権利者が権利行使可能となった時点から期間が進行しますが、除斥期間は権利が発生した時点から期間が進行すると言われています。
つまり、権利者が権利を行使できることを知らなくても期間が進行し、知らない間に権利が消滅してしまうということです。
また、除斥期間には遡及効もないとされます。

 

除斥期間に関する判例


除斥期間に関する判例として、旧優生保護法の下で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして障害者らが国に損害賠償を求めていた事例があります。

この事例でも除斥期間の適用の有無が争点となりましたが、最高裁は旧優生保護法を立法目的のために生殖能力を失わせるという重大な犠牲を強制し、また障害者だけを手術の対象としていたことから憲法13条、14条に反するとした上で、国が除斥期間を主張することは正義・公平の理念に反し信義則違反であり権利濫用としました(最判令和6年7月3日)。

これ以外でも、加害者によって死体が隠匿され、それによって被害者遺族の賠償請求が遅れたという事例で、最高裁は加害者が殊更に作り出した状況によって被害者相続人が被害を知ることができなかったなどの場合は民法160条の法意に照らして除斥期間の効果を排除しています(最判平成21年4月28日)。

 

コメント


本件で大阪高裁は、原告女性が医師から症状悪化の見通しや手術の必要性を伝えられた95年が除斥期間の起算点となると判断、「2022年5月の提訴時点で賠償請求権は消滅した」として請求を棄却しました。
本件では、原則通りに除斥期間が適用され請求が棄却された形となります。

以上のように、不法行為による損害賠償請求権などの権利は一定期間の経過によって消滅することがありますが、その期間が経過していても信義則や権利濫用などの法理によって消滅時効や除斥期間の適用が排除されることがあります。
本件でも上告審でどのような判断が下されるかに注目されます。

権利の消滅期間が近づいている場合や、既に経過している場合でも、これらを踏まえて適切に処理していくことが重要といえるでしょう。

 

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