回答拒否に対する賠償責任を否定、弁護士会照会制度について
2016/10/21   コンプライアンス, 弁護士法, その他

はじめに

転居先の住所照会につき回答を拒否した日本郵便に対して愛知県弁護士会が損害賠償を求めていた訴訟の上告審で最高裁は18日、賠償責任を否定しました。相手の氏名、名称、所在地等が不明な場合などに利用される照会制度。照会する場合もあれば逆に照会を受けることもあります。今回はそうした照会制度について見ていきます。

事件の概要

平成22年、未公開株の購入を名目に金銭を騙し取られたとして不法行為に基づく損害賠償請求が名古屋地裁に提起されていました。その後被告が原告に対し20万円を支払うことで残りの債務を免除する内容の和解が成立しました。しかし被告側が支払をしなかったことから原告代理人は被告に強制執行をかける前提として名古屋弁護士会に被告の転居先に関する照会を日本郵便に行うよう申し立てました。住民票には被告は現在、表示されている住所には居住していない旨の記載がなされておりました。弁護士会はこの申し出を適当と判断して日本郵便に対し照会しましたが、日本郵便側は守秘義務等を理由に拒否しました。これに対し弁護士会は、本件照会に回答することは憲法上の通信の秘密や郵便法上の信書の秘密を侵害するものではない旨記載し再度照会をかけましたが日本郵便は再度拒否しました。これにより申立人と愛知県弁護士会は日本郵便に対し損害賠償を求める訴えを名古屋地裁に起こしていました。

弁護士会照会制度

弁護士法23条の2によりますと、「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることが出来る。」としています。弁護士が受任した案件について、資料収集や相手方の所在地、財産の有無とその所在等を調査する必要があります。しかし弁護士は警察や国税といった国家機関と違い、強制的に調査する権限は有しておりません。そこで弁護士法では、所属弁護士会を通じて官公署や銀行等の私的団体に必要事項を照会することができるとしています。その手続としてはまず、所属弁護士会に対し質問事項と申請理由を記載した照会申出書を提出します。それに対し弁護士会は申請書の内容と、照会の必要性・相当性を審査し適当と判断した場合には弁護士会会長名で照会を行います。似たような制度として裁判所の調査嘱託があります(民事訴訟法186条)。これは訴訟の証拠として使用する前提で裁判所が照会を行います。これは当事者に申立て権が有るわけではなく、あくまで裁判所の権限発動を促すことしかできませんが、実務上はわりと頻繁に利用されております。

照会制度の問題点

(1)回答義務の存否
照会を受けた場合、法的に回答する義務が存在するのかが問題となります。これらの紹介制度には回答を拒否した場合に罰則や行政処分といった不利益が課される旨の規定は存在しておりません。つまり回答しなくてもそれによって不利益を被ることは基本的には無いと言えます。では回答義務は無いのでしょうか。この点に関してはこれまでも多くの訴訟で問題となってきました。裁判例によりますと、弁護士会紹介制度は当事者の利益だけでなく、弁護士法の目的である社会正義の実現という公益目的のためにも創設された制度であることから、照会を受けた者は回答する公法上の義務を負っているとしています。この点は裁判所による調査嘱託も同様であり、法的義務が存在すると言えます。

(2)守秘義務との関係
このように紹介制度による照会を受けた場合は回答する法的義務があると言われております。しかし一方で照会を受ける側には各法令によって守秘義務を負っている場合が多いと言えます。本件のように郵便法や憲法上の通信の秘密を負っている場合や、医師法、公務員法等による場合、また刑法上も秘密漏洩を罰しております。照会に回答することが守秘義務違反となることはないのでしょうか。一般的に守秘義務は「正当な理由」がなく漏洩した場合に違反となるとされております。紹介制度による回答は公法上の義務である以上、基本的には「正当な理由」に該当し、守秘義務違反とはならないと言えます。しかし照会がなされたからといって漫然と回答していた場合には違法となることもあります。地方公共団体が照会に応じて前科の有無を回答した事例で違法と判断された例も存在します。

コメント

本件で日本郵便側は通信の秘密等の守秘義務を理由に回答を拒否していました。転居先の情報はDVやストーカー被害から逃れる被害者の保護のために簡単に開示してはならないことから日本郵便では一環して転居先の照会には回答拒否してきた経緯があります。一審名古屋地裁も回答拒絶はやむを得ないとして棄却しました。一方二審名古屋高裁は回答拒否には正当な理由がなく違法としました。本件はDV加害者等が被害者の居場所を突き止める目的等ではなく、詐欺による賠償金の不払いによる強制執行が目的であることから拒否の理由にはならないと判断されたものと思われます。そして今回の最高裁判決では、正当な理由がない限り回答すべきとして、一般的に回答義務を認めた上で本件日本郵便の回答義務を判断するため名古屋高裁に差し戻しました。照会による回答義務と守秘義務等の対立に関しては、裁判所は両者の個別事案における比較衡量を行って判断しているように思われます。郵便局や銀行等の金融機関や企業では、個人情報の開示は法的にクリアになったとしても、顧客からのクレームや賠償請求がなされる可能性もあります。照会を受けた場合は一律に拒否することは得策ではありませんが、照会の目的や照会内容を吟味した上で、こちら側の不利益や不都合といった正当な理由に当たりうる事情も慎重に考慮する必要があると言えるでしょう。

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