労災賠償額、最高裁大法廷が「元本から差し引く」計算方法を採用
2015/03/05   労務法務, 労働法全般, その他

事案の概要

今月4日、労災事故の損害賠償を求める裁判において、遺族側に遺族補償年金などの労災保険が支給された場合、遺族側の二重取りを防ぐために、損害額から保険支給額をどのように差し引くのかについて、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)がその判断を示しました。
今回の訴訟では、IT関連会社「フォーカスシステムズ」(東京)のシステムエンジニアだった男性(当時25歳)の両親が、男性が2006年に急性アルコール中毒で死亡したのは、過労による精神障害で多量に飲酒したのが原因として、同社に損害賠償を求めていました。一審、二審ともに損害賠償請求は認められたものの、既に支払いが行われた労災給付(遺族補償年金)分を損害賠償と相殺する際に、賠償額の元本と利息(遅延差損害金)のどちらから差し引くのかにつき判断が分かれており、今回の上告審判決ではこの点についての判断がなされました。

今回の判決のポイントと争点

上記、一審、二審でその判断が別れた「労災事故の遺族に支給された損害賠償金から、別に受け取った労災保険の支給額をどう差し引くのかについての計算方法」については、そもそも、「遅延損害金と優先的に相殺すべきである」という2004年判決と、「元本と相殺すべきである」という2010年判決という二つの異なる最高裁判例が出ていました。
今回、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は「労災保険は、労災事故で得られなくなった収入などを補填するもので、支払いの遅れを理由とする遅延損害金とは性質が異なる。性質が同じで相互に補完性のある損害額の元本との間で相殺するのが妥当である。」と判断し、15人の裁判官全員一致で、2010年判決の判断に統一しました。

今回採用された計算方法を具体的にみてみると…

民法は、491条で弁済の基本として「債務者が一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべき場合において、弁済をする者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、これを順次に費用、利息及び元本に充当しなければならない。」として、“利息を元本より先に差し引く”旨を規定しています。しかし、社会保険給付を巡っては、上記2010年判決のように、事案によっては「元本から差し引くべき」との司法判断が出ることもありました。
今回、最高裁大法廷は、労災保険の支給額を、損害賠償金が支払われるまでの利息分から差し引くのではなく、損害額そのものから差し引く計算方法を採用しました。これは、損害額そものが少なくなると当然利息も減るため、利息から差し引く方法と比べて、遺族側が得る損害賠償額が少なくなる、という結果になります。

【モデルケース】
労災死亡事故により、妻子ある30代男性が死亡。死亡による損害額が7000万円、5年後に初めて遺族補償年金100万円が支給され、その時点で損害賠償額を算定する場合。

①損害額に遅延損害金(利息)を加えてから遺族補償年金を差し引く場合(2004年判決)
7000万円(損害金/元金)+350万円(遅延損害金)×5年-100万円(遺族補償年金)=8650万円(賠償総額)
※遅延損害金:7000万円×0.05(法定利息年5%)=350万円

②損害額(元金)から遺族補償年金を差し引く場合(2010年判決・今回最高裁大法廷が妥当と判断した計算方法)
7000万円(損害額/元金)-100万円(遺族補償年金)+345万円(遅延損害金)×5年=8625万円(賠償総額)
※遅延損害金:7000万円-100万円×0.05(法定利息5%)=345万円

このケースのように、今回最高裁大法廷が採用した計算方法②によれば、計算方法①によるよりも、被害者(遺族側)が受け取る損害賠償額は少なくなります。

最後に

今回の最高裁大法廷判決は、労災給付の中でも遺族補償年金に限定した判断となっています。しかし、今回最高裁判断により、通勤中の事故や仕事中の怪我など、今後は労災給付訴訟全般の実務でもこの計算方法に統一される流れになるとみられ、今回の被害者側に不利と言える最高裁大法廷判断は、全国の労働者にとって大きな影響を与えるものと言えるでしょう。

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