過労自殺で遺族が役員らを提訴、株主代表訴訟について
2016/09/20   商事法務, 会社法, その他

はじめに

2012年に過労自殺した肥後銀行の男性行員(当時40)の妻(46)が7日、当時の取締役ら11人に対して銀行に約2億6400万円の損害を生じさせたとして賠償を求める訴えを提起していたことがわかりました。過労死を招いたことに対して株主として役員に責任追及を行うのは全国で初めてとのことです。今回は株主代表訴訟について見てみます。

事件の概要

肥後銀行で行員として働いていた男性は2012年10月に本店ビルの7階から飛び降り自殺をしました。当時男性の残業時間は月200時間を超え、自殺直前には250時間に至っておりました。うつ病を発症していた男性の業務は日に日に増加していき、自殺直前に犯してしまった些細なミスの責任に耐えかね身投げしたとされております。男性の妻ら遺族は肥後銀行に損害賠償を求めて熊本地裁に提訴し2014年の判決で銀行側の責任を認め約1億3000万円の賠償を命じました。これにより銀行に賠償金及び信用毀損等の損害を生じさせたとして男性の妻は銀行の株主として当時の役員ら11人に対して銀行に約2億6400万円の損害金の支払を求め提訴しました。

株主代表訴訟とは

会社の役員等の責任で会社に損害が生じた場合、本来は会社が役員等に賠償請求を行います。しかし往々にして役員同士の同僚意識等から会社が損害を招いた役員等に対して責任追及を行うことは稀です。そこで会社の利益ひいては株主の利益を守るために一定の要件のもとで会社自身に代わり、株主が役員等に責任追及を行うことが認められております。これを株主代表訴訟と言います(会社法847条)。株主による会社や経営陣への監視・監督機能の強化を図り、適正な会社運営を確保することによって会社と株主の利益を保護することがその趣旨です。

提訴要件

(1)株主が代表訴訟を提起するためにはまず、6ヶ月前から引き続き株式を保有していなくてはなりません(847条1項)。保有株式数に制限は無く、たとえ1株でも6ヶ月前から保有さえしていれば原告としての資格は得られます。株式に譲渡制限を設けている会社(非公開会社)の場合にはこの6ヶ月の保有期間制限はありません。

(2)次に会社に対して書面で役員等への責任追及の訴えを提起することを請求することになります(同1項)。本来は会社自身、厳密には監査役等が行うべきことであることから、まず会社に訴えを提起するよう促すことになります。提訴請求を行った日から60日以内に会社が責任追及の訴えを起こさない場合に株主が提訴できることになります。しかし60日間待っていたのでは回復できない損害が会社に生じるおそれがある場合には、この期間の経過を待たずに提訴できます(同5項)。

(3)そして提訴の目的が自己または第三者の不正な利益を図ったり、会社に損害を加えることでないことが求められます(同1項但書)。株主代表訴訟は会社の適正な運営を目的としたものですが、ときに経営権争いや同族会社内での紛争から悪意によって濫用的に起こされることもあります。こういった場合には訴権の濫用として却下されることになります。

役員の責任

株主代表訴訟で追求されるべき役員等の責任は、会社に対する義務違反すなわち任務懈怠責任(423条1項)を指します。任務懈怠責任については以前も取り上げましたが、ここでも簡単に触れておきます。会社と役員等は雇用関係ではなく委任関係に立ちます(330条)。受任者は善管注意義務と忠実義務を負っており(355条、民644条)、それに反する行為を任務懈怠と言います。商法や独禁法といった法令に違反する行為や、経営者として求められる情報収集、経営判断を逸脱し会社に損害を及ぼした場合が該当します。独禁法違反により課徴金を徴収された場合や、粉飾決算、製品の安全基準不備等による第三者からの賠償請求等が典型例となります。

コメント

本件で原告側は当時の役員らが社員の労働時間等を適正に管理する義務を怠ったことにより男性が自殺し、賠償金の支払や信用を毀損することになったとして、会社に対する任務懈怠が存在するとしています。上記のように任務懈怠責任はいわゆる会社の不祥事と呼ばれる事例が典型例となっておりました。本件のように従業員の過労死で責任追及がなされることは今回が初めてとなっております。従来日本の企業風土として長時間の労働は美徳と見られる傾向がありました。それが昨今の過重労働を容認する基盤となっている側面があることは否定できません。それゆえ会社の従業員が過労死し、遺族に賠償金を支払うことになっても、会社の株主はその点について経営陣に改善を求めることはあっても責任を追求して提訴することはありませんでした。企業の不祥事や過重労働問題の根幹は経営陣のコンプライアンス意識の欠如にあります。本件で裁判所により任務懈怠が認められるかは不透明ですが、経営陣の意識改善につながるのであれば提訴の意味はあると言えます。被告銀行側は「08年から労働時間の適正化に努めており、取締役に法的責任はない。会社に賠償請求して損害を生じさせた当事者が請求をすることに矛盾を感じる」と反論しております。経営陣の意識改革はなかなかに難しい問題と言えるのではないでしょうか。

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