格安タクシー訴訟に見る公定幅運賃制度と差止訴訟
2016/06/22   行政対応, 民事訴訟法, その他

はじめに

国が定めた運賃幅を下回る運賃で営業している寿タクシー(東大阪市)が国に対し運賃変更命令等の処分を行わないよう求めた訴訟で大阪高裁は17日、一審に続き処分の差し止めを命じる判決を言い渡しました。今回は国が定める運賃幅である公定幅運賃制度と予め国の処分を止める差止訴訟について見ていきます。

事件の概要

寿タクシーは2014年に改正タクシー特措法が施行される以前から格安タクシー業者として初乗り運賃500円(現在は510円)で認可を受けて営業していました。施工後の大阪市における公定幅運賃は660円~680円に設定されており、これに違反する業者に対しては運賃変更命令や事業許可取消処分を出すことができます(16条の4第3項、17条の3第1項)。近畿運輸局長は2014年4月寿タクシーに対し公定幅運賃の範囲内に運賃を改定した上で届出るよう行政指導を行っておりました。これに対し寿タクシーは、行政処分を受けるおそれがあるとして国に対して差止を求める訴えを起こしていました。一審大阪地裁は昨年12月原告の主張を認め国に対して差止を命じる判決を言い渡しました。

公定幅運賃とは

運賃の値下げ競争により運転手収入減等、労働環境が悪化し旅客運送業のサービスの質の悪化を防ぐことを目的として2014年に特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法(タクシー特措法)が改正されました。従来タクシー業は認可制を採っており、事業者ごとに認可を受けることになっておりました。一定の運賃幅を予め指定し、その範囲内であれば自動的に認可され、それ以下の下限割れ運賃の場合には厳格な審査の下個別に認可されておりました。2014年の改正タクシー特措法では地域ごとに予め公定幅運賃を指定し、事業者はその範囲で運賃を定め届出ることによって運賃の設定ができるようになりました。しかし一方で公定幅運賃の範囲外であった場合には指導・勧告を経た上で運賃変更命令が出されることになり、下限割れ運賃は認められなくなりました。

差止訴訟とは

国や自治体といった行政庁から何らかの処分を受けるおそれが生じた場合に、予め裁判所に訴えて処分を差止める行政訴訟を差止訴訟と言います。通常であれば処分を受けてから異議申し立て、審査請求等の不服申立てを行った上で(あるいは行わずに直接)当該処分の取消訴訟を提起することになります。しかしそれでは救済手段として不十分であり、処分がなされる前に止める特別の必要性がある場合に差止が認められます。それ故取消訴訟と比べてその要件は厳しいものとなっております。

差止訴訟の要件

差止訴訟の要件は、そもそも訴え自体が適法かという訴訟要件と、その訴えが認められるかという本案勝訴要件に別れます。訴訟要件については①特定の処分がなされようとしていること(処分の蓋然性)②その処分により重大な損害を受けるおそれがあること③損害を避けるために他の適当な方法が無いこと(補充性)が挙げられます(行政事件訴訟法37条の4第1項2項)。まだされていない処分を事前に差止めるものであることから事後の取消では救いきれない損害であり、差止める以外に適当な手段がないことが必要です。次に本案勝訴要件として処分の根拠となる法令から、処分を行うべきでないことが明らかであるか、処分を行うことが裁量の逸脱、濫用となる場合に訴えが認められることになります(同5項)。

本件判決要旨

本件訴訟で一審は、近畿運輸局長の設定した公定幅運賃は従来の自動認可幅に消費税分を上乗せしただけであり、大阪市内の事業者の営業実態や労働条件の変化等を考慮しておらず合理性を欠く。それに基いて処分をすることは裁量権の逸脱・濫用となるとしました。また二審大阪高裁も一審判決を基本的に支持し差止を認めました。

コメント

本件判決で訴訟要件については①原告は行政指導に従わず、国側もそれを放置することは考えにくいことから処分の蓋然性は認められる②一連の処分がなされ事業許可取消となった場合には事業基盤に深刻な損害を生じ事後的に回復が困難となる③事後的な救済が困難であり、他に適当な争訟方法も存在せず補充性も認められるとしています。同様の訴えは全国で発生しており、現時点で3件ほど判決が言い渡されておりますが、いずれも国側が敗訴しております。国による運賃の制限はタクシー業者による自由な競争を妨げるものであり、ひいては憲法22条が保障する営業の自由を侵害するものであるとの声も上がっております。格安運賃で営業してきた業者にとって値上げは即経営悪化を意味し改正特措法が目指した目的が逆に損なわれることになると言えるのかもしれません。本件判決により不合理な行政処分を受けるおそれがある場合の救済手段として差止訴訟の認知度が上がったものと思われます。行政指導を受けた際には、単に処分が下されるのを待つのではなく、差止の可能性を模索することが重要と言えるでしょう。

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