いなげやに賠償命令、障害者雇用促進法について

はじめに

職場でいじめを受けて退職に追い込まれたとして、知的障害のある男性(27)がスーパー「いなげや」とその従業員を相手取り、約580万円の損害賠償を求めていた訴訟で先月30日、東京地裁は計22万円の支払いを命じました。暴言による精神的苦痛が認定されております。今回は障害者雇用促進法上の義務について見ていきます。

事案の概要

報道などによりますと、原告の男性は軽度の知的障害があり、2008年に障害者雇用枠で同社に入社しました。横浜市内の店舗で食品の陳列などの作業に当っていましたが、2009年頃から指導役の従業員から「幼稚園児以下」「馬鹿でもできる」などの暴言や暴行を受けるようになったとしています。男性は同従業員と同社に対し、使用者責任と障害者への就労環境を整える義務違反を理由として約580万円の賠償を求め提訴しておりました。

障害者雇用促進法とは

障害者雇用促進法は障害者の雇用機会の均等と待遇の確保を通じて障害者の職業の安定を目的とし、全ての事業主に対して一定の配慮等を義務付けております。昨年施行された改正法では精神障害者も対象となり、事業主には一定の割合での障害者の雇用義務、差別禁止および合理的配慮義務、紛争解決義務などが定められております。この雇用義務や紛争解決義務は努力義務となっておりますが、一定の場合には企業名公表などのペナルティがあります。

障害者雇用義務

全ての事業主は常時雇用する労働者における一定割合を障害者の雇用に当てなければならないとされております。この割合を法定雇用率と言い、民間事業者の場合は現在2.0%となっております。つまり従業員が50人いた場合、1人は障害者を雇用しなくてはならないということです。この常時雇用する労働者とは、期間の定めのない労働者であるか、雇入れから1年を超えて雇用されることが見込まれる労働者を言い、週の労働時間が20時間以上の者を言います。従業員の数が45.5人以上の場合は毎年ハローワークに障害者雇用状況の報告や障害者雇用促進者の選任などが義務付けられ、雇用状況が水準に満たさない場合には「障害者雇入れ計画」の策定命令が出されます(46条1項)、さらに計画の適正実施勧告がなされ(同6項)、それに従わない場合は企業名の公表が行われます(47条)。なお法定雇用率は来年の平成30年4月1日から2.2%に引き上げられる予定です。

合理的配慮義務

事業主に対しては、募集、採用、賃金、配置、昇進、降格、福利厚生等あらゆる場面において、障害者であることを理由とする差別的取扱が禁止されます(34条~36条)。また障害者が職場で働くにあたっての支障を除去するための措置や、障害者である労働者からの相談に応じ、対応するための体制の整備をする義務があります。この合理的配慮義務は、その措置を講じることが事業主にとって過重な負担となる場合には除外されます(36条の2但書)。過重な負担であるか否かは、それにかかるコストや企業の規模、財務状況、事業活動への影響の大小、事業所の立地条件、公的支援の有無などを考慮して判断することとなります。たとえば車椅子を使用している障害者の場合、机の後ろのスペースを大きく空けて移動しやすくするといった配慮は考えられますが、通路やエレベーター等をバリアフリーに改造するといったことは負担が大きいと言えます。

障害者の能力不足を理由とする解雇

障害者雇用促進法では、障害者が適切に労働に従事できるよう配慮する義務が定められておりますが、障害者がミスを繰り返し、改善が見込まれない場合に、それを理由として雇い止めや解雇はできないのでしょうか。この点について裁判例では、5条の趣旨に基づき事業者は労働者が自立して業務遂行できるよう支援し、障害の実態に即した適切な指導を行う努力義務がある一方、4条では「障害者は自ら進んでその能力の向上を図り、有為な職業人として自立するよう務めなければならない」としていることから、相応の指導を行ったにも関わらず改善がなされない場合は雇い止めもやむを得ないとしています(東京高裁平成22年5月27日)。

コメント

本件で原告男性が「いなげや」の指導役従業員から「幼稚園児以下」「馬鹿でもできる」などの暴言を受けていた点が裁判所により認定されました。知的障害がある場合には仕事内容の理解・把握や仕事の能率面で健常者に比べてある程度劣ることは一般的に想定されており、その程度に応じて、本人の理解力を配慮した上で適切に指導することが求められます。また指導役の従業員にこのような暴言などを吐かないよう適切に指導することも合理的配慮に含まれるものと思われ、それによって過重な負担となるものではないと言えます。本件ではこの点につき不法行為に当たる点は認めましたが、合理的配慮義務違反までは認めませんでした。この点についての裁判所の判断はいまだ例が少ないのが現状であり、今後の控訴審などの展開を見守る必要があります。今後障害者の雇用促進についてはより事業者の義務が拡充されていくものと思われます。以上を踏まえて障害者に対しどのような措置が必要であり、また必要でないかを見極め、適切に対応していくことが重要と言えるでしょう。

関連業務タグ:
関連法律タグ:
 
[著者情報] mhayashi

詳細情報はありません。

※記事コンテンツを掲載したい方は、コチラ

このニュースに関連するセミナー

企業 法務ニュース 労務法務 労働法
第104回MSサロン(名古屋会場)
2018年11月07日(水)
19:00 ~ 21:00
2,000円
名古屋市中区丸の内
講師情報
大久保 裕史
弁護士・NY州弁護士

グローバルに展開する大規模法律事務所であるクリフォードチャンス法律事務所において、国際的な企業法務を取り扱い、国内外の企業に法的助言を行う。その間に、国内大手商社法務部への出向やワシントンD.C.での勤務も経験。現在は、オリンピア法律事務所のパートナーとして、主に中部圏の企業の国際取引・海外進出をサポートしている。

略歴:
早稲田大学法学部・法科大学院卒業、
コロンビア大学ロースクール(LLM)卒業
2009年12月 弁護士登録
2010年1月~2018年4月
クリフォードチャンス法律事務所 外国法共同事業
2012年6月~2014年2月 三井物産株式会社 法務部(出向)
2015年9月~2016年7月
クリフォードチャンス・ワシントンD.C.オフィス(出向)
2016年5月 ニューヨーク州弁護士登録
2018年5月~ オリンピア法律事務所 パートナー
セミナー(60分)の後、交流会(60分)を行います。
今回のセミナー内容は、「国際取引契約の実務入門~英文契約を取り扱う際に最低限知っておくべきこと~」です。
申込・詳細はコチラ
企業 法務ニュース 労務法務 労働法
《東京開催》少人数法務の為の企業法務研究会
2018年10月19日(金)
19:30 ~ 20:30
無料
東京都渋谷区
講師情報
舩山 達
株式会社フルスピード(東証二部上場)
法務・総務部 部長
慶応義塾大学法学部法律学科卒
大阪市立大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了
従業員5人のベンチャー企業に就職。2回の転職を経て現職。
少人数やノウハウの蓄積のないために業務の進め方に不安を持っている法務担当者のための意見交換会です。
今回のテーマは「契約書管理」です。
詳細はコチラ (申込は、終了しています。)
企業 法務ニュース 労務法務 労働法
【名古屋開催】自動運転技術に関する法律問題《ITビジネス法務勉強会:第6回》
2018年11月22日(木)
15:00 ~ 17:00
3,000円(税込)
名古屋市中区丸の内
講師情報
和田 圭介 杉谷 聡
■和田 圭介
略歴:
愛知県春日井市出身
愛知県立旭丘高校卒業
2004年 京都大学法学部卒業
2005年 弁護士登録(58期 第二東京弁護士会)
クリフォードチャンス法律事務所外国法共同事業入所
2008年 フランス系ラグジュアリーブランド日本支社(出向)
2010年 アメリカ、Duke University School of Law(法学部)LLM卒業
2010年 クリフォードチャンス香港オフィス(出向)
2011年 日系の大手財閥系総合商社のイギリス子会社の法務部(出向)
2013年 ニューヨーク州弁護士登録
2015年 IBS法律事務所開設(愛知県弁護士会に登録換え)
2017年 オリンピア法律事務所 パートナー

■杉谷 聡
略歴:
愛知県一宮市出身
愛知県立一宮高等学校卒業
2016年 一橋大学法学部卒業
2017年 弁護士登録(70期 愛知県弁護士会)
オリンピア法律事務所入所
ITに関する法律を学び、ビジネスに活かしていただくためのITビジネス法務セミナーです。第6回目のテーマは自動運転技術に関する法律問題です。
申込・詳細はコチラ
企業 法務ニュース 労務法務 労働法
《東京開催》GDPR対応の実務 日本企業にとってのFAQと優先順位
2018年11月16日(金)
09:45 ~ 11:45
17,000円(税別)
東京都港区
講師情報
石川 智也
西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士

2005年東京大学法学部第一類卒業
2006年弁護士登録(第一東京弁護士会)
2015年バージニア大学ロースクール卒業(LL.M.)
2016年Max Planck Institute for Innovation and Competitionにある
ミュンヘン知的財産法センター修了(LL.M.)、同年Noerr法律事務所ミュンヘンオフィス勤務
2017年米国ニューヨーク州弁護士登録

日本における知的財産法、営業秘密保護、個人情報保護法のほか、
EUにおける知的財産制度・競争法、EUデータ保護規則をはじめとする
グローバルベースでのデータ規制についても詳しい。

主催
レクシスネクシス・ジャパン株式会社/ビジネスロー・ジャーナル
本講演では、多くの日本企業のGDPR対応をサポートしてきた講師が、その過程でよく質問を受ける事項を解説するとともに、
作業の優先順位を明確にして、日本企業がどのようにGDPR対応を行い、今後どのようにGDPRコンプライアンスを維持していくべきかについて解説いたします。

解説に際しては、欧州データ保護評議会(EDPB)が公表・承認しているガイドラインの内容を踏まえることはもちろんのこと、各国の監督当局が公表している情報・オピニオンや、
GDPR施行後の当局の執行状況を含め、現地の最新動向について、お話ししいたします。

また近時、M&Aのデューディリジェンスの過程で買収する会社のGDPRコンプライアンスが問題になることがしばしばありますので、その際のチェックポイントについても触れたいと思います。
申込・詳細はコチラ
企業 法務ニュース 労務法務 労働法
《東京開催》企業におけるAI活用と個人情報保護・プライバシーの留意点
2018年11月07日(水)
14:00 ~ 16:30
18,000円(税別)
東京都港区
講師情報
野呂悠登
TMI総合法律事務所 弁護士

東北大学法学部卒業、東京大学法科大学院修了

平成27年改正個人情報保護法の全面施行前後に、
個人情報保護委員会事務局において、
法令関係とデータの利活用関係を担当

近時の著書等には『個人情報管理ハンドブック[第4版]』(商事法務、2018)、
「AIによる個人情報の取扱いの留意点」(Business Law Journal、2018年6月号)、
「ビッグデータ・個人情報の利活用と先端ビジネス」(Business Law Journal、2018年8月号付録〔LAWYERS GUIDE〕)等がある。

主催
レクシスネクシス・ジャパン株式会社/ビジネスロー・ジャーナル
最近、AI関連技術の発展等により、AIの活用に対する期待が高まっており、ビジネスにおいて実際にAIの活用を始める企業が増えてきています。

AIを活用する場合、従来人間の脳が行っていた知的な作業をコンピュータに行ってもらうことになるため、従来想定されなかった様々な法的問題点が生じることが想定されます。
特に、機械学習を用いたAIを用いる際には、従来とは異なる方法で大量の情報を集積し又は処理を行うため、個人情報保護法やプライバシー権との関係が問題となりやすいと考えられています。

本セミナーでは、平成27年の個人情報保護法の全面施行前後において、同法を所管する個人情報保護委員会にて法令の担当者を務めた講師により、
AIを活用することを検討している企業の担当者向けに、企業におけるAI活用と個人情報保護・プライバシーの留意点を具体的な事例を基に解説します。
申込・詳細はコチラ
企業 法務ニュース 労務法務 労働法
《東京開催》海外企業との販売店契約/ディストリビューション契約 -豊富な実例に基づく、各条項の検証-
2018年11月06日(火)
09:30 ~ 11:45
17,000円(税別)
東京都港区
講師情報
豊島 真
小島国際法律事務所
パートナー 日本及びカリフォルニア州弁護士

東京大学法学部卒
1999年弁護士登録(第二東京弁護士会)
カリフォルニア大学デービス校ロースクール修士課程卒(LL.M.)
国内外の販売店契約に関する取扱い案件多数
著作に「販売店契約の実務」(中央経済社・共著・編集担当)

主催
レクシスネクシス・ジャパン株式会社/ビジネスロー・ジャーナル
販売店契約(ディストリビューション契約)は、サプライヤーの商品を、販売店(ディストリビューター)の販売チャネルを通じて販売するための契約です。
本セミナーではかかる販売店契約を取り扱いますが、その意義・目的は以下のとおりです。

①実際の事例の紹介を多く行います。よく見かける契約書の条項の一言一句の大切さは、実際に問題が起こってから初めて思い知らされることが多いものです。
実際に起こった問題に触れながら、これまで見過ごしていたかもしれない各条項の重要性について見ていきます。

②販売店契約は、企業間取引で最も頻繁に使われる契約の1つであり、英文契約の入門科目として最適と言えます。

これから英文契約について本格的に学びたいという方にも役立ちます。
(参考資料として、英文販売店契約のひな型をお配りします。)
申込・詳細はコチラ
※セミナー広告を掲載したい方は、コチラ

あわせて抑えておきたい関連記事

「MS SQL Server」を不正コピーしていたサーバ運用会社と1億円で和解... 事案の概要 10月31日、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)は、データベース管理ソフト「MS SQL Server」を不正コピーしていたサーバ運用会社との間で和解交渉を続けていたところ、和解金1億円を支払うことなどを内容とする和解が10月30日に成立したと発表した。 サーバ運用...
原発事故 初の司法判断 事案の概要  東電の株主が、福島第1原発事故において、国が東京電力の賠償を免責しなかったために株価が下落し損害を受けたとして(国に)150万円の損害賠償を求めていた事件について、判決が19日、東京地裁であった。  責任について規定する原子力損害賠償法には「異常に巨大な天災地変」で損害が生じた場...
三菱重工にサイバー攻撃か 原発・防衛関連情報漏えいのおそれ... 概要  三菱重工業は、最新鋭の潜水艦やミサイル、原子力プラントを製造している防衛・原発関連の生産拠点などで、約80台サーバーやパソコンがウイルスに感染していたことが関係者の証言で分かった。具体的な情報流出の被害の確認はないが、同社では外部からの侵入の可能性もあるとみて、警視庁にも相談しながら調査を...