元従業員らが「アート引越センター」を提訴、給与天引きの可否について

はじめに

引っ越し大手「アート引越センター」(大阪市)の元従業員ら3名が10日、未払い残業代など計376万円の支払を求め横浜地裁に提訴していたことがわかりました。顧客の荷物を破損させた場合、従業員の給与から天引きされていたとのことです。今回は従業員の過失等により顧客に損害が生じた場合、給与から天引きが可能かについて見ていきます。

事案の概要

報道などによりますと、元正社員2名と元アルバイト1名は「アート引越センター」の横浜都筑支店に勤めておりました。同社では1ヶ月の時間外労働が100時間を超えるなど長時間労働が状態化し、また残業代が一部しか支払われていないとしています。また顧客の荷物を破損させた場合、同社が顧客に支払う賠償金の一部を現場リーダーが3万円を上限に負担する制度が存在し、同意が無いまま給与から天引きされていたとのことです。また原告側の主張では「引っ越し事故積立金」の名目で1日500円分が給与から勝手に天引きされており、それを超える損害の場合は現場会議でリーダーが負担していたとのことです。原告らはこれらを含め計376万円の支払を求め提訴しました。

業務上発生した損害の負担

従業員の過失などのミスにより顧客や第三者に損害を与え、会社がその賠償をした場合に会社は従業員に対しその分の賠償請求または負担を求めることができるのでしょうか。従業員の故意または過失により損害が生じた場合、民法709条や715条3項、415条などを根拠に請求できる場合があります。715条3項は使用者が第三者に賠償した場合、被用者に対し求償することができる旨定めております。しかしこの求償権は報奨責任の見地から相当厳格に解されております。報奨責任とは使用者が被用者を使用することによって利益を得ているのであるから、それによる損害も負担すべきとの考え方です。判例でも事業の性格、被用者の業務内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、それらに対する使用者の配慮等、諸般の事情に照らし損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる範囲に限定しております(最判昭和51年7月8日)。他の裁判例でも全損害額の1割程度しか認めない例も多く、全額認められることはほぼ無いと言えます。

給与からの天引きの可否

では仮に従業員に損害の求償ができるとして、それを給与から天引きすることができるのでしょうか。労働基準法24条1項によりますと「賃金は、・・・労働者に、その全額を支払わなければならない。」としています。これを全額払いの原則と言います。つまり原則として給与から天引きすることはできないということです。しかしこれには例外があり、一定の場合には天引きが可能となります。

法令による例外

労働基準法24条1項但書では「法令若しくは労働協約に別段の定めが有る場合」「労働組合、・・・労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合」には賃金の一部を控除して支払うことができるとしています。つまり所得税の源泉徴収や保険料の控除などは法令により認めら、また労働組合との書面による協定によりたとえば福利厚生のための積立金などが認められるということです。

判例による例外

上記法令による例外以外にも判例では、労働者の同意がある場合に、その同意が「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」は労働基準法24条1項に反しないとしています(最判平成2年11月26日)。労働者の自由な意思による合意がある場合には天引きや相殺ができるということです。そしてそれが客観的な状況から認められる必要があります。つまり仮に労働者から書面などで同意を得たとしても、諸般の事情を考慮して自由な意思によるものではないと判断される可能性は高いということです。

コメント

本件で原告側の主張によりますと、同社では荷物に破損等が生じ顧客に賠償した場合、1件3万円を上限として自動的に現場リーダーから天引きしていたとされます。この事実が認められた場合、引越し業という業態や、常時相当の重労働と長時間労働を強いられる従業員の勤務状況を考慮すれば、損害を1件3万円という範囲であったとしても、自動的にほぼ全額負担させることは損害の公平な分担という見地からも信義則からも認められることは困難と思われます。そしてこの損害の負担制度や1日500円の積立金制度についても、労働組合かまたは労働者の過半数を代表する者と書面による協定が締結されていないのであれば、天引きは労基法24条違反ということになると言えます。以上のように、会社は従業員を使用することによって多くの利益を上げている以上、それによる損害もまた負担すべきであると考えられております。それ故に、程度にもよりますが、従業員の事故等による損害を、従業員に負担させることはほとんど認められていないのが現状です。また給与からの天引きも法令によりかなり厳しく制限されております。こういった損害に対しては、労働組合と協定を結ぶか、損害保険などの加入により備えるなどの対策を検討することが重要と言えるでしょう。

関連業務タグ:
関連法律タグ:
 
[著者情報] mhayashi

詳細情報はありません。

※記事コンテンツを掲載したい方は、コチラ

このニュースに関連するセミナー

法務ニュース 訴訟・行政 労務法務 労働法
【名古屋】AIに関する法律問題《ITビジネス法務勉強会:第3回》
2018年08月09日(木)
15:00 ~ 17:00
3,000円(税込)
名古屋市中区丸の内
講師情報
和田 圭介 杉谷 聡
■和田 圭介
略歴:
愛知県春日井市出身
愛知県立旭丘高校卒業
2004年 京都大学法学部卒業
2005年 弁護士登録(58期 第二東京弁護士会)
クリフォードチャンス法律事務所外国法共同事業入所
2008年 フランス系ラグジュアリーブランド日本支社(出向)
2010年 アメリカ、Duke University School of Law(法学部)LLM卒業
2010年 クリフォードチャンス香港オフィス(出向)
2011年 日系の大手財閥系総合商社のイギリス子会社の法務部(出向)
2013年 ニューヨーク州弁護士登録
2015年 IBS法律事務所開設(愛知県弁護士会に登録換え)
2017年 オリンピア法律事務所 パートナー

■杉谷 聡
略歴:
愛知県一宮市出身
愛知県立一宮高等学校卒業
2016年 一橋大学法学部卒業
2017年 弁護士登録(70期 愛知県弁護士会)
オリンピア法律事務所入所
ITに関する法律を学び、ビジネスに活かしていただくためのITビジネス法務セミナーです。第3回目のテーマはAIに関する法律問題です。
詳細はコチラ (申込は、終了しています。)
法務ニュース 訴訟・行政 労務法務 労働法
【名古屋】誹謗中傷記事・炎上対策《ITビジネス法務勉強会:第4回》
2018年09月06日(木)
15:00 ~ 17:00
3,000円(税込)
名古屋市中区丸の内
講師情報
田代 洋介
略歴:
愛知県名古屋市出身
2010年 静岡大学人文学部法学科卒業
2013年 南山大学法科大学院法務研究科修了
2014年 弁護士登録(67期 愛知県弁護士会)
川上・原法律事務所入所
2017年 オリンピア法律事務所 アソシエイト
ITに関する法律を学び、ビジネスに活かしていただくためのITビジネス法務セミナーです。第4回目のテーマは誹謗中傷記事・炎上対策です。
申込・詳細はコチラ
法務ニュース 訴訟・行政 労務法務 労働法
【名古屋】自動運転技術に関する法律問題《ITビジネス法務勉強会:第6回》
2018年11月22日(木)
15:00 ~ 17:00
3,000円(税込)
名古屋市中区丸の内
講師情報
和田 圭介 杉谷 聡
■和田 圭介
略歴:
愛知県春日井市出身
愛知県立旭丘高校卒業
2004年 京都大学法学部卒業
2005年 弁護士登録(58期 第二東京弁護士会)
クリフォードチャンス法律事務所外国法共同事業入所
2008年 フランス系ラグジュアリーブランド日本支社(出向)
2010年 アメリカ、Duke University School of Law(法学部)LLM卒業
2010年 クリフォードチャンス香港オフィス(出向)
2011年 日系の大手財閥系総合商社のイギリス子会社の法務部(出向)
2013年 ニューヨーク州弁護士登録
2015年 IBS法律事務所開設(愛知県弁護士会に登録換え)
2017年 オリンピア法律事務所 パートナー

■杉谷 聡
略歴:
愛知県一宮市出身
愛知県立一宮高等学校卒業
2016年 一橋大学法学部卒業
2017年 弁護士登録(70期 愛知県弁護士会)
オリンピア法律事務所入所
ITに関する法律を学び、ビジネスに活かしていただくためのITビジネス法務セミナーです。第6回目のテーマは自動運転技術に関する法律問題です。
申込・詳細はコチラ
法務ニュース 訴訟・行政 労務法務 労働法
【名古屋】情報セキュリティ対策《ITビジネス法務勉強会:第5回》
2018年10月18日(木)
15:00 ~ 17:00
3,000円(税込)
名古屋市中区丸の内
講師情報
田代 洋介
略歴:
愛知県名古屋市出身
2010年 静岡大学人文学部法学科卒業
2013年 南山大学法科大学院法務研究科修了
2014年 弁護士登録(67期 愛知県弁護士会)
川上・原法律事務所入所
2017年 オリンピア法律事務所 アソシエイト
ITに関する法律を学び、ビジネスに活かしていただくためのITビジネス法務セミナーです。第5回目のテーマは情報セキュリティ対策です。
申込・詳細はコチラ
法務ニュース 訴訟・行政 労務法務 労働法
《渋谷開催》データの利用に関する最近の法令と契約実務
2018年9月10日(月) 15:00~17:20(14:40開場)
10,000円(1名様)
東京都渋谷区
講師情報
岡 伸夫
1992年 京都大学法学部卒業
1994年 大阪弁護士会 登録 梅ケ枝中央法律事務所 
2000年 ハーバードロースクール 修士課程(LL.M)卒業
Masuda Funai Eifert & Mitchell 法律事務所(シカゴ)
2002年 第一東京弁護士会 登録替 長島大野常松法律事務所
2004年 外立総合法律事務所
2012年 株式会社カービュー コーポレートリーガルアドバイザー    
2016年 法務室長
2018年 AYM法律事務所開設

弁護士会活動(2018年2月現在)
日本弁護士連合会 ひまわりキャリアサポート 委員
第一東京弁護士会 業務改革委員会 委員 

企業法務を中心とした法律事務所に長年勤務した後、2012年からインターネット系企業の法務責任者としてプラットフォームを利用したメディア・コマースビジネスについてのさまざまな法律問題をサポート。
2018年にAYM法律事務所開設 代表弁護士

主な著書
「アメリカのP&A取引と連邦預金保険公社の保護 債権管理 No.96」金融財政事情研究会
「米国インターネット法 最新の判例と法律に見る論点」ジェトロ 共著
「Q&A 災害をめぐる法律と税務」新日本法規 共著
IoT技術の進展にともない、公開・非公開のデータの収集・解析と派生データの活用が盛んに行われることが今後予想されます。
他方で多額の費用と労力をかけて有用なデータベースを構築し、営業秘密でない形でサイトやアプリでユーザーに提供している会社においては、
競業他社による目的外利用を予防し、侵害を受けた場合に権利主張していく方法を検討・確保することが重要になってきます。
このセミナーでは、データの利用に関する最近の法改正の紹介と共に、これらを背景にデータ提供に関する約定、提携先との契約において
留意しなければならないポイントを説明いたします。
申込・詳細はコチラ
※セミナー広告を掲載したい方は、コチラ

あわせて抑えておきたい関連記事

災害と法務【取引契約、独禁法、下請法関連】... 災害と法務に関して前回は労働法上の注意点を挙げた。(2月24日法務ニュース)今回は取引契約、独占禁止法、下請法上の注意点を挙げる。 【取引契約】 ①債務不履行  部品の調達が著しく困難になり期日通りに商品を納入することができなかったり、道路などの輸送経路の麻痺や、行政からの避難指示等により...
歌舞伎町から客引き、客待ちがなくなる?-新宿区、条例案を区議会に提出-... 新宿区が条例案を区議会に提出  これまで新宿区の商店街組合には、客引きや客待ちに対する苦情が、特に女性や家族連れから跡を絶たなかった。そこで、今月10日、新宿区が「客引きの防止に関する条例案」(以下、本条例という)を区議会に提出した。区としては、9月施行を目指す模様である。本条例は風俗店のみな...
笹子トンネル事故で遺族が提訴 事案の概要 山梨県大月市の中央自動車道・笹子(ささご)トンネルで昨年12月、天井板が崩落し9人が死亡した事故で、ワゴン車で通行中に亡くなった男女5人の遺族が15日、トンネルを管理していた中日本高速道路(名古屋市)と点検業務を請け負っていた子会社「中日本ハイウェイ・エンジニアリング東京」(東京都)を...