育児休業の取得を理由とする不利益取扱いの禁止・マタハラ防止措置のまとめ

はじめに

 総務省の7月の調査によると、2017年の35~44歳の労働力率は75.3%で、前年度に比べ0.7%上昇しています。日本においては女性の労働力率が30~40歳代の部分が顕著に落ち込み、いわゆる「M字カーブ」と称される現象が長らく問題となっていましたが、近年ではM字の底が押し上げられ、その問題も解消しつつあるように感じられます。
 しかし、米欧と比較すると日本のM字の谷はいまだ深く、また、女性の就労が進む反面で、保育枠の不足による待機児童の増加なども問題となっています。このような状況下において、企業としては女性が育児をしながら就労を継続できるような環境を更に整備していくことが求められるでしょう。そこで、ここではその代表的制度である育児休業制度について、企業として気をつけるべき点を確認していこうと思います。

【参考】平成29年育児介護休業法改正について
平成29年改正育児介護休業法のあらまし(厚労省)《PDF》
平成29年改正育児介護休業法の概要

育児休業の取得を理由とする不利益取り扱いの禁止

(1)不利益取扱いの禁止
 かつては育児休業の取得を理由とする不利益取扱いを禁止する明文の規定がありませんでした。そこで、育児休業の取得を理由とする不利益取扱いについては、当該取扱により法が育児休業の権利を保証した趣旨が実質的に失われるような場合に限り、公序違反(民法90条)として無効になるとされていました。著名な事例として、賞与の支給要件として支給対象期間の出勤率が90%以上を要する旨が定められていた企業において、産前産後休業日数及び育児のための勤務時間短縮措置により短縮された勤務時間分が欠勤日数に算入されたため、賞与が支給されなかった従業員が賞与の支払いなどを請求したのに対し、裁判所が、就業規則の規定のうち、産前産後休業日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を欠勤日数に含めるものとしている部分は、公序に反し無効であると判断したもの(東朋学園事件・最判平成15年12月4日)があります。
 しかし、平成18年の男女雇用均等法改正、同13年・21年の育児介護休業法の改正により、育児休業の取得を理由とする不利益取扱いは明文で禁止されました(男女雇用機会均等法9条3項、育児介護休業法10条)。したがって、育児休業の取得を理由とする不利益取扱いは、公序違反の有無を問わず違法となります。もっとも、通常の 年休と異なり、法は賃金に関して育児休業等の期間を出勤日と同様に扱うことまでは求めていません。そこで、何と比較して不利益取扱いに当たると判断するかが問題となります。
 この点については、賞与等の算定に当たり休業期間を欠勤扱いとすることは、育児休業の取得を理由とする不利益取扱ではなく、不就労を理由とする取扱であるから、直ちに違法とはいえないというべきです。ただし、休業期間を疾病等による不就労よりも不利に扱う場合や、現に休業した期間を超えて休業したものと扱う場合には、当該取扱は育児休業の取得を理由とする不利益取扱に当たることになるため許されないと解するべきでしょう。
 また、前記裁判例の趣旨に照らすと、育児休業の取得を理由とする不利益取扱いには直ちに当たらないとしても、その権利行使を抑制し、法が労働者に育児休業を取得する権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められる場合には、公序違反(民法90条)として無効になるおそれがあるものと解されます。

【参考】 東朋学園事件の詳細

(2)不利益取扱いに関する政府指針
 政府は育児休業等の取得に関する不利益取扱につき、「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針(平成21年厚生労働省告示第509号)」を発付しています。当該指針によると、育児介護休業法により禁止される不利益な取扱いとは、「労働者が育児休業等の申出等をしたこととの間に因果関係がある行為」を意味するとされています。因果関係があるとは、当該行為が育児休業の申請・取得を「契機として」なされたことをいい、基本的に育児休業等の申請・取得と時間的接近しているか(1年以内)によって判断されます。
 また、当該指針は不利益な取扱いとなる行為として次のような具体例を挙げています。
 イ 解雇すること。
 ロ 期間を定めて雇用される者について、契約の更新をしないこと。
 ハ あらかじめ契約の更新回数の上限が明示されている場合に、当該回数を引き下げること。
 ニ 退職又は正社員をパートタイム労働者等の非正規社員とするような労働契約内容の変更の強要を行うこと。
 ホ 自宅待機を命ずること。
 へ 労働者が希望する期間を超えて、その意に反して所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限又は所定労働時間の短縮措置等を適用すること。
 ト 降格させること。
 チ 減給をし、又は賞与等において不利益な算定を行うこと。
 リ 昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うこと。
 ヌ 不利益な配置の変更を行うこと。
 ル 就業環境を害すること。
 そこで、使用者としては育児休業の申出等をした労働者に対し、時間的に近接してこれらの取扱いを行う場合には、当該取扱が育児休業の申出等をしたことを理由とするものではないこと、他の理由によるものであることを、特に丁寧に説明することが求められるでしょう。

【参考】平成21年厚生労働省告示第509号《PDF》

(3)不利益取扱に関する裁判例
 近時、妊娠中の軽作業への転換を契機とする降格が男女雇用機会均等法9条3項の不利益取扱いに該当するかが争われた事案(最判平成26年10月23日)において、裁判所は、一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるため、原則として女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は不利益取扱に該当すると判断しつつ、①当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は②業務上の必要性からの支障があり、不利益取扱いの禁止の趣旨・目的に反しないものと認められる特段の事情が存在する場合には、不利益取扱いに該当しないと述べています。
 当該判断は育児休業の申出等をした労働者に対する降格・配置変更等の取扱いについても同様に適用されうるであろうと思われます。したがって、育児休業後の取扱いが一般に労働者に不利な影響をもたらす処遇であるとしても、それが①労働者の自由な意思による承諾に基づくことが客観的に明らかである場合、または②業務上の必要性からの支障があり、不利益取扱いの禁止の趣旨・目的に反しないものと認められる特段の事情が存在する場合には、不利益取扱いに該当しないと判断されることになるでしょう。
 したがって、企業としては自由な意思に基づく承諾の有無が争いになった場合に備え、従業員に署名・押印のある同意書を提出させることや、企業側からの真摯な説明があったことを証明するため、説明を受けた事項についてチェックリストにチェックさせるようにするなどの体制を整えることが重要になると思われます。

【参考】平成26年10月23日判例の詳細

マタハラ・パワハラに関する事業主の防止措置義務(H28年改正)

 これまでは使用者による不利益取扱は禁止されていましたが、職場内での育児休業等の取得を理由とするマタハラ・パワハラを規制するような明文の規定は存在しませんでした。しかし、平成28年育児介護休業法及び男女雇用機会均等法改正により、使用者は①上司・同僚からの妊娠・出産等に関する言動により妊娠・出産等をした女性労働者の就業環境を害することがないよう防止措置を講じること(男女雇用機会均等法11 条の2)、及び、上司・同僚からの育児・介護休業等に関する言動により育児・介護休業者等の就業環境を害することがないよう防止措置を講じること(育児介護休業法第25 条)が義務付けられています。
 防止措置の内容としては、以下のような措置を講ずることが政府指針(「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」)により求められています。
 ①事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
 ②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
 ③職場における妊娠、出産等に関するハラスメントにかかる事後の迅速かつ適切な対応
 ④ 職場における妊娠、出産等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置
 ⑤その他、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知すること及び相談したこと、事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発することなど
 したがって、企業としては速やかに就業規則の改定、企業内の体制整備などにより、これらの措置を講じていくこと必要があるでしょう。規定に当たっては厚生労働省が公開しているパンフレット等が参考になるでしょう。

【参考】ハラスメント対策パンフレットまとめ(厚労省)
対策案・規定案(厚労省)《PDF》
マタハラ防止措置の具体案

まとめ

 女性の育児休業の取得率は、低下傾向にあるとはいえ8割超で推移しています。今後の女性の就業をより推進し、安心して育児と仕事との両立を行うようにできるためにも、企業側が育児休業のとりやすい環境を自ずから整えていく必要があると思われます。そのためにも 企業としては、特に育児休業の取得に近接して、やむを得ず従業員に不利益な取扱いをする必要がある場合には、従業員との対話・真摯な説明により、当該取扱が育児休業の取得等を理由とするものではないことを明らかにするとともに、そのような措置を講じたことを客観的に証明できるような手続をとっていく必要があるでしょう。具体的には、同意書の提出やチェックリストによる説明の確認等を行うことが考えられます。
 また、それだけではなく、体制の整備や従業員に対する教育や啓発により、育児休業をとりやすい職場環境を形成していくとともに、相談窓口の設置等による職場環境の把握・改善を進めていくことが求められるでしょう。

企業法務ナビよりお知らせ
本記事は、約1年11ヶ月前に投稿された記事です。法律を内容とする記事の特性上、その改正や他の特別法の施行、経過措置期間の経過、関連判例の出現などによって内容が古くなり、現在は誤りとなる可能性がありますので、ご注意下さい。
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01年東京大学法学部卒業
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著作に『仕事でよく使う・すぐに応用できるビジネス契約書作成ガイド』(共著)(清文社、2017)、『実務Q&Aシリーズ 懲戒処分・解雇』(共著)(労務行政、2017)等がある。

■荻野聡之
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06年東京大学法科大学院卒業(法務博士(専門職))
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1987年 東京大学法学部卒業
1989年 弁護士登録
1995年 ロンドン大学UCL(LL.M.)卒業
2000年よりTMI総合法律事務所にパートナーとして参画
2008年より中央大学ビジネススクール客員講師(13年より同客員教授)
2016年より2018年まで東京大学大学院法学政治学研究科教授
2019年ベンチャーラボ法律事務所開設

主にベンチャー・スタートアップ支援、M&A、国際取引、一般企業法務を取り扱う。

主著として、『業務委託契約書作成のポイント』(共著)、『契約書の見方・つくり方(第2版)』、『ビジネス法律力トレーニング』、『ビジネス常識としての法律(第2版)』(共著)、『シチュエーション別 提携契約の実務(第3版)』(共著)、『会社役員のための法務ハンドブック(第2版)』(共著)などがある。

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