東京地裁が課徴金取消、インサイダー取引と課徴金について

はじめに

 日本板硝子に絡むインサイダー取引で課徴金納付命令を受けていたシンガポールのファンド運用会社が国に取消しを求めていた訴訟で東京地裁は先月30日、納付命令を取り消していたことがわかりました。課徴金の判決による取り消しはこれで2度目とのことです。今回はインサイダー取引と課徴金について見ていきます。

事案の概要

 報道などによりますと、ガラス製造大手「日本板硝子」(東京都)が2010年8月に公表した公募増資に関してシンガポールのファンド運用会社「MAM PTE」の当時のファンドマネージャーが、公表前に情報を入手し同社の株式を空売りしていたとされます。これに対し金融庁は2014年にインサイダー取引に当たるとして800万円の課徴金納付命令を出しました。同社は東京地裁に取消しを求め提訴しておりました。

インサイダー取引とは

 会社の関係者や会社の情報を知りうる者が、一般に情報が公開される前にその情報に基づいて株式等の取引を行い利益を得る行為をインサイダー取引と言います。このような行為は一般投資家から見て極めて不公平であり公正な金融商品の取引を害するとして金商法で禁止されております(166条、167条)。違反した場合には刑事罰の対象となっており、5年以下の懲役、500万円以下の罰金またはこれらの併科となります(197条の2第13号~15号)。法人の役員等が行った場合には法人に対し5億円以下の罰金となります(207条1項2号)。またその取引で得た利益も没収されることとなります(198条の2第1項、2項)。

インサイダー取引の要件

 166条1項によりますと、「会社関係者」が「上場会社等に係る業務等に関する重要事実」を知った場合、その事実が公表された後でなければ株式等の取引をしてはならないとしています。以下具体的に見ていきます。
(1)会社関係者
 インサイダー取引の対象となる者は、当該会社の役員や従業員、過去1年以内にそれらの立場にあった者、子会社等の関連する会社でそれらの立場にある者、スポンサーや取引先、さらにはそれらの者からたまたま情報を聞いた者などが含まれ相当広範囲に渡ります。

(2)重要事実
 そしてインサイダー取引の対象となる情報、すなわちインサイダー情報も多岐にわたります。まず会社が募集株式を発行する、資本金を減少する、剰余金を配当する、合併・分割などの組織再編(M&A)を行うといった会社の決定事項が挙げられます。次に会社で事故が生じた、訴訟が発生した、関連会社が倒産した、主要取引先との取引が停止したなどの発生事由や会社の業績予想、さらには投資判断に影響を及ぼしうるその他の事由も含まれることとなります。

(3)取引行為
 上記インサイダー取引の対象となる者がインサイダー情報を知った場合、その事実が公表された後でなければ取引をすることができません。ここに言う取引行為とは株式等の売買や有償での譲渡、譲り受け、組織再編に伴う承継、デリバティブ取引などが含まれます。ここで注意すべき点はこれらの情報がインサイダー情報であることを「知りながら」取引する必要があることです(故意)。そしてここにはもしかしたらそうなのではないかという程度の認識も含まれるということです(未必の故意)。

課徴金について

 インサイダー取引には上記の罰則の他に課徴金の対象となっております(175条、175条の2)。課徴金の趣旨は違法なインサイダー取引によって得た利益を剥奪するというものです。そのため算定方法は売付け価格に数量を乗じたものから公表後2週間の最安値に数量を乗じたものを控除した額が課徴金の額となります。

コメント

 本件で国側は公募増資の情報を証券会社の担当者がMAM社側に伝えていた旨主張していましたが、東京地裁は市場の状況などから公募増資を推測できたとする原告側の主張を否定しきれないとしてインサイダー取引に該当しないと判断しました。公募増資の事実はインサイダー情報に該当しますが、その情報を関係者等から得たのではなく市場の状況から判断した可能性が認められたと言えます。このようにインサイダー取引規制は対象範囲が広く、また要件も複雑です。外見上無関係者がたまたま情報を得た場合も該当する可能性があります。インサイダー取引の疑いが生じた場合は関係取引先なども捜査されることがあります。どのような場合に違法となるのかを正確に把握し周知徹底していくことが重要と言えるでしょう。

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■淵邊 善彦(ベンチャーラボ法律事務所 代表弁護士)

1987年東京大学法学部卒業。
89年弁護士登録。
95年ロンドン大学UCL(LL.M.)卒業。
00年よりTMI総合法律事務所にパートナーとして参画。
08年より中央大学ビジネススクール客員講師(13年より同客員教授)。
16年より18年まで東京大学大学院法学政治学研究科教授。
19年ベンチャーラボ法律事務所開設。
主にベンチャー・スタートアップ支援、M&A、国際取引、一般企業法務を取り扱う。

主著として、『AI・IoT時代の企業法務 』(共著)、『業務委託契約書作成のポイント』(共著)、『契約書の見方・つくり方(第2版)』、『ビジネス法律力トレーニング』、『ビジネス常識としての法律(第2版)』(共著)、『シチュエーション別 提携契約の実務(第3版)』(共著)、『会社役員のための法務ハンドブック(第2版)』(共著)などがある。


■柴野 相雄(TMI総合法律事務所 パートナー弁護士)

02年弁護士登録。
10年ワシントン大学ロースクール(知的財産法コース)卒業(LL.M.)、同年サンフランシスコのモルガン・ルイス&バッキアス法律事務所勤務。
16年慶應義塾大学法科大学院非常勤教員就任(知的財産法務WP)、19年ISO/PC 317(Consumer protection: privacy by design for consumer goods and services)国内審議委員就任。
主にIT、インターネット、広告、メディア、エンタテインメントビジネスに関する法分野の裁判、仲裁および法律相談を多く扱う。

『IoT・AIビジネスに関するデータ保護と独禁法上の留意点』(Business Law Journal、18年4~6月号)、『[座談会]AIの活用と今後の労務管理上の課題』(労務事情、18年1月合併号)など著書多数。


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14~15年外務省経済局政策課専門員。
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96年弁理士登録。
国内及び海外における特許出願、ライセンスや特許売買等のトランザクションや侵害訴訟、包括的な知財戦略支援等に従事。電気情報や機械制御等の技術を主に扱う。
97年より創英国際特許法律事務所勤務、04年ワシントンDC地区のオリフ法律事務所に駐在。
翌年、創英の米国オフィスをシリコンバレーに開設。07年米マイクロソフト本社知的財産部に入社。
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2005年東京大学法学部第一類卒業
2006年弁護士登録(第一東京弁護士会)
2015年バージニア大学ロースクール卒業(LL.M.)
2016年Max Planck Institute for Innovation and Competitionにある
ミュンヘン知的財産法センター修了(LL.M.)、同年Noerr法律事務所ミュンヘンオフィス勤務
2017年米国ニューヨーク州弁護士登録

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吉川 達夫
ニューヨーク州弁護士/外資系企業 VP, General Counsel

外資系法務本部長、駒澤大学法科大学院、国士舘大学21世紀アジア学部非常勤講師
元Apple Japan法務本部長、元伊藤忠商事法務部、元Temple Law School日本校客員教授。上智大学法学部、Georgetown Univ. Law Center卒

編著:『ライセンス契約のすべて 実務応用編』(編著、第一法規、2018年)、『ライセンス契約のすべて 基礎編』(編著、第一法規、2018年)、『ダウンロードできる 英文契約書の作成実務』(編著、中央経済社、2018年)など、著作・論文多数

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畑中鐵丸
弁護士(東京弁護士会所属)
ニューヨーク州弁護士
税理士、弁理士

1991年 東京大学法学部在学中、国家公務員試験I種・司法試験に各合格
1992年 東京大学法学部卒業後、新日本製鐵株式会社入社
1996年 弁護士登録
1996年~1998年 国内中堅法律事務所において、企業法務・商事紛争のほか、一般民事・家事・刑事事件、特殊事件(企業再建・著作権・芸能エンターテインメント関連事案・労働事件・民事介入暴力事件等)等の国内法務案件を幅広く取り扱う
1998年 渡米し、ペンシルヴァニア大学ロースクール(米国フィラデルフィア市)にて、企業法、投資規制法、企業コンプライアンスプログラム、財務会計論等を学ぶ
1999年 同大学法学修士課程(LL.M.)卒業 同年米国ニューヨーク州司法試験 合格
1999年~2000年 Kirkland & Ellis 法律事務所(米国シカゴ市)に勤務し、企業法務、M&A、国際合弁、ライセンス契約、コンプライアンス法務等を担当
2001年 中島・宮本・畑中法律事務所(現名称:中島・宮本・溝口法律事務所)にパートナー弁護士(共同経営者)として参画
2006年 弁護士法人畑中鐵丸法律事務所を設立

「こんな法務じゃ会社がつぶれる」(第一法規、2010)、「こんな法務じゃ会社があぶない」(第一法規、2016)「企業法務バイブル[第2版]」(弘文堂、2013)等著書多数
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東京大学法学部卒業後、NTTコミュニケーションズ入社。
同社在職中に、法科大学院の夜間コースに通学、2007年に弁護士登録。
2010~2012年の2年間、任期付公務員として総務省総合通信基盤局にて勤務。
電波法に基づく新制度について、法改正の他、税務面の調査等も担当し、国税庁との協議等に携わる。
任期満了後、光和総合法律事務所にパートナーとして復職、ビジネス・行政の視点も踏まえた幅広いリーガル・サポートを提供している。

近著に『ベーシック企業法務事典』(編著)、『税務コンプライアンスのための企業法務戦略』(共著)、『データ戦力と法律』(編著)他多数。

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