定年後再雇用で賃金引き下げは違法?
2016/05/20   労務法務, 労働法全般, その他

はじめに

横浜市の運送会社に勤務するトラック運転手の男性3名が、定年後の再雇用で賃金を大幅に下げられたのは違法であるとして未払い差額分の支払いを求めていた訴訟で、13日、東京地裁は請求を認め、引き下げ分の支払いを命じる判決を言い渡しました。これまでに前例の無い画期的な本件判決を見ていきます。

事件の概要

原告の男性3名は横浜市の運送会社「長沢運輸」でそれぞれ20年から34年間正社員として運送業に従事してきました。その後、2014年に定年を迎え、1年契約の嘱託社員として再雇用された際、賃金は正社員時代の3割程度引き下げられていました。3名は業務内容が正社員時代と同一であるにもかかわらず、賃金の大幅引き下げは違法であるとして同社に対し未払い差額分の支払いを求めて提訴していました。被告会社側は退職金を支給しており引き下げはやむを得ない、再雇用の際に引き下げにも同意していたと反論していました。

主な争点

本件での主な争点は、再雇用後の大幅な賃金の引き下げが労働契約法20条に違反しないかという点です。同法20条では有期労働契約の労働者と無期労働契約の労働者で労働条件に違いがある場合、「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理」であってはならないとしています。厚労省の指針によりますと、①業務の内容とは労働者が実際に従事している業務内容及びそれに伴う責任を②職務内容及び配置変更の範囲とは今後の転勤、昇進といった人事異動の見込みや本人の役割の変化等を、③その他の事情とは合理的な労使慣行等の諸事情を指すとしています。つまりこれらを総合的に判断して差異が合理的なものでなくてはならないということです。

判決要旨

本件で佐々木裁判長は、

  • 同一の業務内容で賃金格差を設けることは特段の事情がない限り不合理である。
  • 同社の再雇用制度には新規に正社員を雇うよりも賃金コストを抑えられるという側面があり、同社の経営上コスト圧縮の必要性があったとは認められず不当である。
  • 再雇用の際に賃金を下げること自体は雇用確保の観点から一定の合理性はあるも、同一業務で賃金格差を設けることが社会通念上広く受入れられているとは言えない。
  • 原告が賃下げに同意していたとしても、雇用されない恐れのある状況であったことから特段の事情に当たらない、
  • として本件賃下げを違法としました。

    コメント

    労働契約法20条に関しては、正社員とパート社員といった非正規社員との間での労働条件格差が争点となる事例が多く、定年後の再雇用が争点とされた事例は少数でした。また、同法20条が法改正によって制定される以前の事例にはなりますが、正社員とシニア社員との間では同一労働同一賃金の原則や均等待遇の原則の適用は予定されていないとし、格差の違法を認めない裁判例(大阪高裁平成22年9月14日)もあり、定年後の再雇用では賃金に一定の格差があることは半ば当然の慣行となっていたと言えます。そんな中、本件判決が及ぼす影響は大きいと言えるのではないでしょうか。しかし、一方で日本における定年後の雇用政策上、定年後は在職老齢年金や高年齢雇用継続給付金等が下落した賃金分をある程度補うことが予定されており、多くの場合、これらの給付によって正社員時代の8割から9割程度の賃金水準を確保できることになっています。本件で原告ら3名がこれらの給付金を受けていたかどうかは定かではありませんが、こういった雇用政策上の運用から考えると、必ずしも本判決が言うように不合理で違法であるとは言えないのかもしれません。実際、そういった観点から、本件判決が高等裁判所あるいは最高裁判所の判決で覆る可能性は十分に残っており、この判決が再雇用に関するリーディングケースとはならない可能性もあります。
    とは言え、賃金格差がこれらの給付金では到底補えない程度に広がっている場合にはやはり不合理であると判断される可能性は十分にありますし、また、今後同様の訴訟が増加することが予想されます。定年退職者の再雇用の際の労働条件と賃金格差について、企業の担当者は今一度確認する必要がありそうです。

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